2012年3月8日木曜日

アップルの70万人雇用~新卒6割就職と初任給1000万円の差の理由

現在数ある企業の中でも、そのジョブズ氏が去った後でも留まる事のない勢いは、これから就職しようと考えている方たちには魅力的に映るのでしょうね。

ウォルター・アイザックソン『スティーブ・ジョブズ』で印象に残っているシーンがある。アップルが70万人を中国で雇用していることをオバマ大統領に話すくだりだ。ジョブズは、オバマがシリコンバレーに立ち寄った際に、グーグルのエリック・シュミット、フェイスブックのザッカーバーグなど、アメリカ経済を引っ張る12名によるディナーミーティングを開いた。
そこで、ジョブズはオバマに以下の提案をする。
「米国は熟練エンジニアを増やす方法を見つけなければならないと重ねて訴えた。アップルは中国の工場で70万人の作業員を雇っており、それだけの人数をサポートするためには3万人のエンジニアを現地に派遣しなければならない」
そのためのエンジニアをアメリカでは見つけることができないという。
「これは現場のエンジニアであり、博士号を持っている必要もなければ天才である必要もない。製造現場で必要とされる基本的なエンジニアリングスキルさえ身につけてくれていればいい。トレーニングは工業専門学校やコミュニティカレッジ、職業訓練校などで可能だ。『エンジニアの教育をしていただければ、もっと多くの工場を動かせます』」
ジョブズはオバマを「言い訳ばかりする大統領」として批判的だったが、この話は大統領もピンときたらしく、その後、何度か話題に上ったという。そのため、ジョブズは今年の大統領選の広告の手伝いを申し出た。ただ、実現はしなかったが。
しかし、70万人という人数に私自身は衝撃を受けた。
トヨタの従業員数は32万人。家電のみならず公共事業に強い日立で35万人。東京電力に至っては5万3000人だ。もちろん、ここで上げた企業には系列企業や下請け企業などが存在するために、それ以上の雇用が存在すると考えられる。ただ、製造業を中心とした第二次産業がいかに多くの雇用を生み出しやすいのか、また、要求される技能も極端に高度ではないかということがわかる。
タイラー・コーエン『大停滞』では、過去、フォードやゼネラル・モーターズ(GM)といった自動車産業がかつて何百万人もの雇用を生み出しデトロイトを屈指の繁栄都市にまで押し上げたことを述べている。
一方で、急成長を続けるインターネット企業が、利用者の数の割に、雇用者の数を増やしていないことを指摘している。
主なインターネット関連企業の雇用数
グーグル 2万人
フェイスブック 1700人+α
イーベイ 1万6000人
ツイッター 300人
アップル 1万3920人
きわめてわずかな人的労働力が、全世界を覆う多くの価値を生むが、アメリカ経済への雇用という側面での貢献度は低い。「ジョブレス・リカバリー(雇用創出をともなわない景気回復)」が起きているという。
「比較的専門技能の乏しい労働者の間で特に失業率が高いことも、これで説明できる。ITの専門技能をもっていない人は、新しい成長産業や、勢いを取り戻した旧産業で職を得ることが難しいのだ。
しかしその半面、最先端のテクノロジーを扱う一部の企業は、人材不足により必要なスタッフを採用できずにいる。技能のミスマッチが深刻化し、労働市場の二極分化に拍車がかかっている」
グーグルは雇用を生み出していないだろうか。そんなことはない。アンドロイド携帯を通じて、数は明瞭ではないが、韓国、台湾、中国などにアップルと同じぐらい新しい雇用を生み出しているだろう。
一方で、先進国の立場になる日本で起きていることも、アメリカとほぼ同じだ。
日本でも高いITの専門技能を持つ学生は、どこのIT企業でも求められている。しかし、雇用人数は少ない。新しいソーシャルゲーム分野の高成長で注目を浴びている、ディー・エヌ・エーは1604人、グリーは785人だ。2社合計で日本国内6000万人以上の登録ユーザーを抱えている成長企業の従業員数がそんなものなのだ。
そして、どちらの企業も高度な技術力を持ったプログラマー・エンジニアが恒常的に不足しており、常に人材の募集を続けている。昨年12月にディー・エヌ・エーの初任給が能力給とはいえ1000万円という破格の給与が同社のサイトで提示され話題になった。
一方で、新卒学生の就職率が6割という低い実情とは対称的だ。ITが必要とする高い教育水準がもたらす高度な付加価値を生み出せる産業は、その国の雇用に結びつきにくい。
ただ、日本は先進国という市場の上流にいる以上、第二次産業のような環境が再び回復する望みは薄い。今後も、新しいIT産業の成長が日本経済を成長させる鍵となる可能性は高いが、アメリカと同じように雇用率の乖離が続く可能性は高い。
嘆いても意味はない。それが今の時代であり、そのなかでのチャンスを生み出す方法を探らなければならない。製造業の回復をただ祈っていても、今後も新たに生まれない雇用に投資をしても意味はない。新しいルールの違う時代に日本も適応するしかない。